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東京高等裁判所 昭和25年(う)4213号 判決

控訴人 被告人 朴基鐘

弁護人 桝井雅生 小泉英一

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜簡易裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁護人桝井雅生、同小泉英一共同作成名義の控訴趣意書と題する書面のとおりでこれに対し当裁判所は次のとおり判断する。

第一点

よつて本件記録を精査するに、本件公訴事実の犯罪日時は昭和二十五年九月十五日午後三時頃であり、被告人の認めるところも此の日時であり、その他原判決挙示の証拠に現われた事実によつても本件犯罪の日時は昭和二十五年九月十五日であるのに、原判決認定の本件犯罪日時は昭和二十五年八月二十五日午後六時頃であることは所論のとおりである。

而して犯罪の日時は訴因として罪となるべき事実を特定させるのに重要な点であつて上述のように犯行の月も日も時間までも起訴と判決が著しく異なる場合は公訴事実の同一性を有するものとは認め難い。また原判決の犯行の日時に関する記載は単なる誤記とも認められない。従つて原判決は審判の請求をうけた事実につき審判せず、審判の請求をうけない事実につき審判をしたことに帰し、論旨は理由があり、原判決は破棄すべきものである。

而して本件は当審において直ちに判決するには不適当であるから他の論旨については判断を省略して刑事訴訟法第三百九十七条第四百条本文に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人桝井雅生、同小泉英一の控訴趣意

第一点原判決は審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある。原判決は「被告人は昭和二十五年八月二十五日午後六時頃横浜市鶴見区鶴見町所在の花月園競輪場内投票所附近に於て壼谷善晃着用のズボン左後のポケツト内から同人所有の金銭を窃取せんとして右手を差入れたる際警戒の警察官に発見逮捕されてその目的を遂げなかつたものである」と事実認定をして居る。

然るに本件起訴状によれば被告人は昭和二十五年九月十五日午後三時四十分頃横浜市………花月園競輪場投票所前附近に於て東京都………壼谷善晃着用のズボン左後方ポケツト内から金銭を窃取せんとして自己の右手を該ポケツトに差入れたるも警察官に発見されてその目的を遂げなかつたものである」との事実を起訴して居るのである。右審判を請求した事実は昭和二十五年九月十五日午後三時四十分頃の犯罪事実であるが原判決が認定した事実はそれより約二十日を逆上つた八月二十五日午後六時頃の事実である。たとい犯行の場所や被害者が同一であつたとしても同一の被害者が同一の場所で二回又は三回盜難にかゝることはあり得ることである。して見れば原判決は審判の請求を受けた事実を審判しないでそれより約二十日以前の審判を受けざる事実を認定したものである。而してこれは誤記でないことは明かである。蓋し誤記というはその文字の如く誤つて記することで無意識にして筆先の動搖の誤である。九月十五日午後三時四十分頃を態々八月二十五日午後六時頃と記載したことは偶然無意識の誤りで記載されたものとは到底認めることは出来ない。何故なれば、九月を八月とし、十五日を二十五日とし、午後三時四十分頃を午後六時頃と改めて居る。殊に九月十五日頃という意味は十五日の前後多くも約四五日の間を指す意味であり、三時四十分頃と言うは三時四十分の前後二、三十分の間を指すものであることは社会常識である。即ち本件起訴事実と原判決認定事実との間にはその月も異り日も異り剰え時間までも異なつて居る。単に一字位は無意識に誤記することは人間としてあり得ることであるがかくの如く月と、日と時間とを悉く改めて居るところを見るとこれを以て誤記だとして糊塗することは何人もなし得ないことゝ思われる、仍て原判決は審判を受けた九月十五日午後三時四十分頃の事実を審判せずこれと全く別個の八月二十五日午後六時頃の事実を認定した違法が存するものである。

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